Japaneseは「日本人、日本語、日本の」といった意味で習うと思いますが、ネイティブスピーカーと共にこの問題を考えてみました。特に結論は出ませんが運用の参考にしてください。
ずっと以前からネットやお店に「Sorry, Japanese only.」と書かれることがあり定期的に話題になります。
おそらく「すいません、日本語しかありません(英語メニューはありません、英語は話せません)」ぐらいのお断りですが、これが「日本人のみ入店可能です」と差別的に受け止められる可能性があるという指摘です。
今回はカナダ人のスティーブと、オーストラリア人のカールに意見を聞きながら記事をまとめています。
この記事の目次!
Sorry, Japanese only.の意味
まず「Sorry, Japanese only.」の文章は不完全であり「日本語だけ」「日本人だけ」などさまざまな解釈ができてしまいます。
これは店先にある「OPEN」の看板は普通に解釈すれば「営業中」だと判断できますが、「OPEN」としか書いていない以上は場合によっては「(扉を)開けろ」にも「(お店をお前が)開店しろ」「財布を開けろ」「心を開け」などさまざまな解釈が可能だといった話と同じです。
どうとでも読めるので好意的に解釈すれば「すいません、私たちは日本語しか話せないんですよ」にもなりえ、悪意を持って受け止めれば「日本人だけの差別的なお店です」となります。
こういった問題は「English」でも起こります。
Sorry, English only.
(英語のみ? もしくはイングランド人のみ?)
不完全な文章であり誤解が生じる可能性があるという点では悪文であるといえるかもしれません。
もし仮に本当に「日本人以外はお断り」だと伝えたいならば以下のように書きます。
Sorry, Japanese people only.
(まだ日本人のみの感じが伝わる)
Sorry, only Japanese people allowed.
(明確に日本人のみ許されているで伝わる)
上のように飲食店で書くとネットやニュースで大問題になるかもしれません。しかし、空港などで状況を設定すれば登場する可能性はあります。
もしお店で日本語しか話せないことを伝えるには以下の方法が考えられます。
Sorry, we only speak Japanese here.
(日本語以外は話すのを拒否している感じになる)
しかし上のように書くと少し問題があり「(他の言葉も話せるけど)日本語以外は話すのを拒否しています」といったイメージで伝わってしまうのでcanを入れるのがいいです。
Sorry, we can only speak Japanese here.
(日本語しか話すことができないで伝わる)
お店の看板に限りませんが案内版などで「we」と書けばお店側全体を指し、読んでいる外部の人・お客さんを含みません。canは能力を表しています。このように書くのが情報としては正しく伝わります。
日本人はJapanese peopleかJapaneseか?
会話表現で日本人を表す場合にはスティーブは「Japanese」だけで「日本人」を表すのは日本に来るまで聞いた経験がなかったと言っています。
これは「フランス人」や「イギリス人」も同じで普通はpeopleをつけます。スティーブは以下のように説明しています。
There are a lot of French here.
There are a lot of English here.
(人を指してこのような言い方をしない)
上のような言い方を普通はしません。言語なのか人なのかも不明です。スティーブは上のように文脈のない文章で書かれると「その言語で書かれた看板がある」のように感じるので言語を指していると受け止めるといっています。
この理屈と一緒で以下も変です。
There are a lot of Japanese here.
(この言い方は変では?)
正しくはpeopleをつけるのがいいだろうという話です。
There are a lot of French people here.
There are a lot of English people here.
There are a lot of Japanese people here.
基本的にはこのように書いたほうが誤解がありません。
スティーブは「Japanese」だけで日本人を表した経験がない点に加えて、日本人を表す際に「Japanese people」と書いて間違いになる状況はないので、つけた方がより誤解が生じないという意見でした。同時に「Japanese」だけで日本人を表すのは誤解が生じる可能性があり、自分はそう言ったことがないという点から否定的です。
書き言葉の場合
しかしコーパス(言語のデータベース)で、書き言葉、文章での頻度を調べてみると「many Japanese(多くの日本人)」という表現は多く見られます。
これも前後の文脈がはっきりしているかどうかが大きく影響しているといえます。例えば以下のような形で使われています。
Still, as NPR’s Eric Weiner reports from Tokyo, many Japanese wonder whether Koizumi can fulfill his campaign promise of reviving the Japanese economy.(NPR)
NPRのエリック・ウェイナーの東京からのレポートによれば、いまだに多くの日本人が小泉が選挙公約である日本経済再生を果たせるのかどうかと思っている。
Many Japanese feel that America is a big brother and controls and sometimes bashes Japan. (ABC-Nightline)
多くの日本人はアメリカは兄、管理者のように感じ、たまに日本に激しくあたるのだと感じている。
このような文脈での「Japanese(日本人)」は多く見られます。常識的に考えて、この文脈で「日本語」を指していないのは明確です。
しかし、この場合であっても「Japanese people」と書く方がより明確になります。だったらちゃんと「Japanese people」と書くのがベストだという意見です。
以下の文章はどちらも同じ意味で、読み違えることはほぼありませんが「Japanese people」と書くのがベストだとスティーブは言っています。
Many Japanese like sushi.
Many Japanese people like sushi.
多くの日本人は寿司が好き。
a Japanese(日本人1人)
日本人が1人の場合については「a Japanese」は決して間違いではありませんが「a Japanese woman(日本人女性)」「a Japanese man(日本人男性)」あるいは性別がわからない場合は「a Japanese person」といったほうが自然という意見でした。
しかし、a Japaneseという表現が使われていないわけではありません。確かに「a Japanese(ひとりの日本人)」は存在している表現です。
Americanの場合
これはAmericanのような言葉では起こらない誤解です。Canadian, American, Koreanなどは「カナダ人、アメリカ人、韓国人」を指す場合には複数形になるからです。
Sorry, Americans only.
すいません、アメリカ人のみです。
Sorry, American only.
(言葉? 文化? 食べ物?)
American onlyだけだと不明確で、アメリカの食べ物しかない店やアメリカ文化しかない店なのか、はっきりしません。
The Japanese(日本人全体)
The Japaneseといった表現でも「日本人」を表すことは可能です。ただしこれは基本的には「All Japanese people(全日本人)」の意味になってしまいます。
The Japanese don’t have middle names.
= All Japanese people don’t have middle names.
日本人はミドルネームを持っていない。
以下の表現を比較してみます。
① Japanese people like sushi.
日本人は寿司が好き。
①の場合は何人や多い少ないといった人数の概念を特に指定していません。何人ぐらいを想像するかはその人次第であり、文章は何の情報も与えていません。
寿司なら「おそらくけっこうな人々が好きなんだろうな」ぐらいに感じますが、まったく知らない「信玄餅」などと言われると「そんなに多くないのかな」と思ったりするそうです。
② The Japanese like sushi.
③ All Japanese people like sushi.
すべての日本人は寿司が好き。
②と③になると日本人全体を指す言葉になります。
事実と照らし合わせると「日本人の中でも寿司が嫌いな人」はそれなりにいるといえますが、物事を一般化したり、その人がそう強く思っているといった主張であるならば間違いでなく、よく言われる表現です。
日本語でも「大阪人はみんな阪神ファンやで!」みたいな言い方はありますが、事実は野球に興味ない人や巨人ファンも大阪にいます。それでも物事を一般化したり、個人の主張としてはありえます。
④ Japanese like sushi.
(この言い方は変では?)
④の言い方になるとスティーブは少なくともこの表現をしないといっています。
これはJapaneseだけの問題でもなく、例えばrich(裕福な)にtheをつけると「the rich(裕福な人)」という使い方が可能です。
The rich eat caviar.
お金持ちはキャビアを食べる。
この理屈でいけば「Japanese(日本の)」にtheをつけて「the Japanese(日本人)」とすることは可能です。
The Japanese eat sushi.
日本人は寿司を食べる。
ひるがえって、theをとると変です。
Rich eat caviar.
この言い方は変です。
上のが変になるならば以下も変なはずです。
Japanese eat sushi.
(同じ理屈でおかしいのでは?)
やはりここはスティーブに言わせるとpeopleをつけるべきだという話です。しかし、上の例文でいう人もいると思います。
しかし日本人を意味したいならば明確に読み間違えないように書くのが正しいだろうという意見です。
文脈がはっきりしていればJapaneseだけで「日本人」と読めるケースも確かにあります。
スティーブが「Japaneseだけで日本人を意味する使い方はカナダでは聞いたことがなく日本に来てはじめて耳にした」と書きましたが加えて「その使い方をするのはここが日本だから、というのも関係あるのかも・・・」ともいっていました。
言葉のルートの問題
カールの意見を聞いてみると、言葉のルート・根の部分で運用方法に違いが出ているのではないかという話でした。
「America – American」「Australia – Australian」のようなものは複数形になるため誤解が生じにくい点に加えて「国」という概念がもとになっています。
それに対して「English」もそうですがフィンランドのFinや、スコットランドのScot、スウェーデンのSwedeなど元々は民族・人々を指していた言葉です。
これらの言葉はラテン語やフランス語の影響を受けて成立している部分もあります。
Japan – Japaneseのような「-ese」で終わる単語は複数形を持たず、運用のルールが他の言葉に合わせて適用された感じもあり、細かい部分で曖昧さを残しているといった意見でした。
そういった運用の曖昧さが、人によって意見が食い違う要素になっているのかもしれないといった感じです。結論をいえば読み間違えないならば、どっちでも良いと思います。
誤解が生じる可能性を回避するために「people」をつけるなどの対策や方法があるのだから、最初からわかりやすく誤解のないように書くのがベストといえます。