安楽死を辞書で検索すると「euthanasia」で掲載されています。一般的な訳語を探しているだけならば「euthanasia」で問題ないと思いますが、もう少し踏み込んだ問題をお探しの方のために調べたことを記載します。
この記事で扱うのは「painless death(苦痛のない死)」全体のことですが、各国によって用語や定義が定まっていない点が混乱する原因になっています。
英語で「苦痛のない死」を分類する場合に要素になっているのは「最後の死に至る行為を誰がするのか」「投薬などで即座に死を迎えるタイプか、延命治療を拒否するなど死期を早める行為か」「本人の意思・同意があるか」「外国人にも認めているか」「その国の言葉の定義」などです。
例えばeuthanasiaを「安楽死」と訳した時点で、英語の定義・概念で抜け落ちるものがあり、日本語の定義・概念・言葉の感覚として加わるものがあるため、言葉の意味が完全なイコールになりにくいです。
ここでは英単語の「euthanasia」と「assisted suicide」の違いを中心に考え、可能な限り日本語と照らし合わせてみます。
お断りとしては、当サイトは法律や医療を専門に扱ったサイトではなく、素人が調べながら書いている部分も多いので専門分野でお調べの方は事前にご了承ください。
一般的なネイティブスピーカーの認識しているレベルや英単語としての使い方を中心に書いていきます。
この記事の目次!
assisted suicide(手伝われた自殺)
assistの意味は「手伝う、手助けする」なので、assisted suicideは誰か他の人の助けをかりて自殺することを指し「介助自殺(手伝われた自殺)」を意味します。
だいたい病院などで薬などを手渡されるので「physician-assisted suicide (PAS)」や「doctor-assisted suicide」といった表現もされます。
死んでしまった人は罪に問われませんが手伝った人が罪になるかどうかが問題になります。また医療機関が万全の準備をしてくれて致死量の薬を目の前に置いてくれても、最後に実行するのは自分自身になります。
スイスは1942年からほう助する側が当人の死によって利益を得ない場合のみ自殺ほう助が認められました。
2018年に104歳のオーストラリア人科学者のデイビッド・グドールさんが、もう自分で満足できる生活レベルを身体が維持できないといった理由でスイスに行きassisted suicideを行いました。
このケースも腕に針を刺すところまでは医者が手伝いましたが、最後の致死量の鎮静剤が体内に流れるスイッチは自分自身で押しています。
Switzerland has special facilities for foreigners who request assisted suicide.
スイスには介助自殺を依頼する外国人のための特別な施設がある。
日本語ではこのassisted suicideも安楽死の中の「積極的安楽死」の一種として考えられているようです。
euthanasia
一方、euthanasiaは名詞で医者などの医療専門家によって痛みを伴わずに殺されることです。
発音は【jùːθənéiʒə】で「ユーサネイズィア」のような感じで、日本語では「安楽死」と訳されることが多いです。
似ている行為ですが、決定的に違うのはassisted suicideはどれだけ手伝われても最後に手を下すのは自分自身であり自殺の一種です。
一方のeuthanasiaは痛みがないとはいえ医者など他人によって「殺されること」にあたります。実行する側からすれば形はどうあれ人を殺していることになります。
病室の状況など似た環境になるとは思いますが、法的、倫理的、宗教的な価値観では最後の1点に大きな差が生まれます。
したがって以下のような文章は成立します。スイスなどがそうです。
My country allows assisted suicide but euthanasia is illegal.
私の国は介助自殺を認めているが安楽死は違法だ。
このスイスの言葉の定義はわかりやすく、スイス基準で考えてくれると助かる感じもします。
ひとまずこのサイトではスイスに準拠して、euthanasia(医者がやる行為)、assisted suicide(自分でやる行為)といったん定義します。
ただし、この言葉の定義・認識を全世界で共有しているわけではなく、普通の英語のネイティブスピーカーでも差を考えたことがあるかといえば考えたことがない人のほうが多いと思います。
英語でもassisted suicideは広い意味でのeuthanasiaの一種だと分類する考え方も存在しているため分類が複雑です。
euthanize(動詞)
動詞はeuthanize(~を安楽死させる)になります。発音は【júːθənὰɪz】です。
Many stray animals are euthanized because they cannot be given homes.
多くの飼い主のいない動物は住む場所が与えられないので安楽死させられる。
The doctor euthanized our grandfather after he got cancer.
医者は祖父が癌になったので、安楽死させた。
日本語の定義の問題
日本語での「安楽死」は、われわれ一般人の間では「苦痛のない死」の総称として漠然と使われている感じがあります。
日本では最後の死に至る行為を誰がやるのかといった「やり方」の部分はあまり話の焦点になっている感じはしません。
日本語の一般のニュース記事レベルでは「医者の処置による安楽死(euthanasia)」と「医療的な意味で人の手を借りた自殺、介助自殺(assisted suicide)」を英語ほど区別していないように見えます。
どちらも含めて「安楽死」としているケースもあります。
日本語で大きな分類になるのが「積極的安楽死」「消極的安楽死」の考え方です。積極的は投薬などで即座に命を落とすことであり、消極的は延命治療などを拒否し苦痛を取り除きながら死を迎えることです。
麻雀漫画の主人公「赤木しげる」はアルツハイマーであるのを自覚し、自分で判断できるうちに致死量の薬が身体に流れ込む装置を作ってもらい、最後は自らスイッチを入れて命を絶ちます。これはassisted suicide(介助自殺)です。
日本語では赤木の死に方を「安楽死(分類は積極的安楽死)」と呼んでいます。しかし、スイスの基準にならった英語ではこれはeuthanasiaにはなりません。
英語の定義の問題
英語でも専門職の人以外はこのような話をしないので、最後の1点は違うものの近い行為なのでどこまで区別して話しているのかといった問題があります。
また各国で定義が異なっている点も問題です。世界中で定まった定義や、さまざまな安楽死にいたるプロセスの分類の仕方が統一されていない問題があります。
患者の意識があるかないか、余命宣告された状態かどうか、などでも安楽死は分類されています。また延命治療や食べ物などを拒否することを安楽死に含めるかどうかも論争があります。
オランダやベルギーではeuthanasiaは明確に「患者の希望により”医者によって”生命を終えること」と認識されています。英語の辞書でもeuthanasiaの定義には「主に医者により行われる」と書かれている場合が多いです。
スイスではeuthanasiaは禁止されているけれど、assisted suicideは外国人に対しても認められています。明確に最後の行為を誰がやるかで言葉が区別されています。
英語でも分類に論争はありますが、まず患者が望んで行う「Voluntary euthanasia(自発的な安楽死)」と患者が同意していない・意識不明などで同意できない状態で行われる「Non-voluntary euthanasia(非自発的な安楽死)」にわけられていました。
患者が望んで行う「Voluntary euthanasia」は「Right to die(死ぬ権利)」とセットで論争になります。
ここからさらに分類が可能で、致死量の投薬を受けるようなものは「active euthanasia(アクティブ、積極的な)」とされます。延命治療、必要な治療を拒否して苦痛を取り除きながら死期を早めるのは「passive euthanasia(パッシブ、受け身の)」とされています。
assisted suicide(介助自殺)を広い意味ではVoluntary euthanasiaに含めるような考え方もあったりして分類の難しさがあります。
本当はこのような問題は言語をまたがずに1つの言語で考えたほうがわかりやすいと思います。またどこかの国や団体の基準にいったん準拠したうえで他の国に言及するなど軸足を定めたほうが良さそうです。
自殺幇助罪
日本でも自殺の手助けをすると刑法第202条にある自殺幇助罪に問われます。
先日、評論家の西部邁さんが多摩川で自殺で亡くなりましたが、この際に多摩川に西部さんを車で連れて行きベルトを装着させたことでテレビ制作会社の男性2人が逮捕されています。
英語でassisted suicideといえば、このような車で現地までのせた、拳銃を貸してあげたという意味でもとれますが、一般的にはassisted suicideは医療的な意味・状況での手助けを受けた自殺です。
このあたりで日本語の定義や言葉から想像するものと、英語のイメージがずれている感じもあります。
動物の安楽死(put down / put to sleep)
put down / put to sleepは「安楽死」の婉曲表現ですが、これは動物にしか使いません。
The vet put our dog down after it got cancer.
獣医は私達の犬が癌にかかった後で安楽死させた。
The vet put our dog to sleep after it got cancer.
獣医は私達の犬が癌にかかった後で安楽死させた。
The doctor put our grandfather down after he got cancer.
(*人間には使いません)