Vol.02 『英会話スクールNOVAの時代』

駅前留学

第1話『日本に来ていきなりNOVAなくなっちゃた』からの続きです。この記事は2007年のNOVA崩壊のときに身の回りで実際に起こった出来事をまとめたノンフィクションです。


物語を始める前に背景となる英会話スクール産業に触れておこう。

2007年の秋に世間を騒がせる大きなニュースがあった。大手英会話スクールNOVAの経営破綻である。英会話スクール産業では唯一の上場企業であり、NOVAだけでシェアの半分を越える業界の巨人が倒れたことは、数多くの顧客、講師、従業員を巻き込んだ大きな騒動になった。

当時の社長、猿橋望(さはしのぞむ)は、社長室にサウナやベッドを備えたラブホテル紛いの「隠し部屋」に象徴されるような、辣腕を振るったワンマン経営者として有名だった。

2007年当時の英会話スクール業界は4強とも5強とも言える勢力だった。

NOVA、GEOS、AEON、ECC、この4つに、高額ながら高品質なレッスンを売りにする「ベルリッツ」、マンツーマンレッスン専門の「GABA」といったスクールが割って入ろうかという状況だ。

どれも駅前に看板をあげる有名スクールなので、多くの人が一度は名前を聞いたことがあるに違いない。

この中でもNOVAは売上高、シェア、宣伝力、生徒数どれをとってみても突出した業界のガリバーというべき存在だった。

ライブドアの堀江貴文、楽天の三木谷浩史、サイバーエージェントの藤田晋といったITベンチャー起業家と呼ばれる一群より、一世代前のベンチャー起業家として猿橋の手腕は一定の評価がなされるべきものであろう。

猿橋と同時代の起業家には、格安旅行券で有名なHISの澤田秀雄、人材派遣のパソナの南部靖之、それから当時はパソコンの卸売業として名をあげようとしていたソフトバンクの孫正義がいる。

ベンチャーという言葉すら馴染みがなかった1970年代に彼らは事業をスタートし、業界の雄として名を馳せることになる。

猿橋は英会話スクールの教育的な側面よりも、日本人の英語コンプレックスを理解し巧妙な料金システムを持ち込むことで採算性の高いビジネスに変えていったように思う。

英会話スクールやエステサロン業界につきまとう「営業のキツサ」や、相手のコンプレックスに漬け込み、一種の熱病のような状態の顧客に対して長期の高額契約をまとめる手腕などは「NOVA商法」として、たびたび物議を醸していた。

この物語が始まる半年ほど前、2007年の春頃から従業員への給与遅延がたびたび発生していたらしい。IRを見ると、財務状態は見る人が見ればすぐにわかるような危うさがあった。

留まることを許されない魚のように、新規出店と大量の資本を投下した宣伝効果による新規顧客の獲得、ゴールデンタイムに有名人を使い、かわいいNOVAうさぎのキャラクターを使った異常とも思える大規模な宣伝は、まさに砂上の楼閣を思わせる危うさを孕んでいたように思える。

英会話の授業よりも、かわいいうさぎのオリジナルボールペンを1本売ることの利益を考え出す商才と、ベンチャー起業家特有のワンマンさを持った猿橋の目論見は2007年の秋に一気に崩壊する。

NOVA崩壊間近の、闇社会との関連を匂わせる強引な資金調達にも、良くも悪くも猿橋の貪欲さが垣間見えるような気がした。ともかく一時代を築いたベンチャー企業「NOVA」は1つの終焉を迎えた。

世間を騒がせる大きなニュースを私は大阪の田舎で静かに見ていたように思う。

今、 私は何人かの外国人のパートナーと一緒に仕事をしている。

業務内容は特に書く必要がないので伏せる。偶然に知り合ったカナダ人の青年と一緒に仕事をはじめたのは、サラリーマンを辞めた直後だった。立場上は私がビザのスポンサーで雇用主ではあるけれど、彼らの力なくしては業務は不可能であるし、彼らもまた私なくしては日本で生活ができない相互依存の関係を保っている。

多くはカナダ人のスティーブの力に依存している。とても物静かで落ち着いた人物であり、私にとってはかけがえのないパートナーであることは間違いない。

それからイギリス人、オーストラリア人をはじめ、何人かの外国人と一緒に仕事をした。彼らは日本を離れてしまったが、今でも友人として付き合いがある。メンバーは変わるけれども、私たちは国籍を越えた1つのチームだ。

物語は私のお客さんである松澤のおばさんからの電話にはじまる。おばさんは私のことを「おにいちゃん」と呼ぶ。

「NOVAの先生で仕事なくて困ってる人がおるんやけど、おにいちゃんところで雇ってくれへん?二人おるねんけど…」

「いや、そんなの無理ですよ。こっちも余裕はないし、それにこの前に似たような状況の外人さんに職を紹介したばかりだし…。しかも二人とかなおさら無理ですよ」

「いや、そんなこといわんと…。会うだけでも会ってくれへんかな?」

押しが強い。お世話になっている松澤のおばさんの頼みだ。会えといえば会うが、会っても何もできない。それを理解した上で、会う約束になった。名目上は職の紹介と面接になる。

「堅苦しい面接とか苦手なんで、ラフな格好でいいですよって彼らに伝えてください」

電話がかかってきた次の日の夜には、もう会う約束になっていた。
カナダ人のスティーブにも事情を説明した。

「NOVAがなくなって困っている講師は多いだろうからね…。そういうのに首を突っ込むのが好きだね」

自分は困っている外国人を見ると首を突っ込みたくなる性格なんだろう。そのおかげで過去にはひどい目にもあったし、こうやって一緒に仕事をすることにもなる。

「会うだけだよ。何もできないのはよくわかってるだろうし。せっかく来てくれるのに、彼らを失望させるのは心苦しいけど」

次の日に彼らはやってきた。スティーブはすでに帰宅している。会っても何もできないことがわかっていながら会うことに多少の心苦しさもあった。

松澤のおばさんを先頭に、アメリカ人の男が2人、付き添いで来たという彼らの友人である女の子。女の子は目が合うと軽く会釈をしてくれた。アメリカ人の男2人は照れくそうに私を見ている。

狭いオフィスは5人もいると窮屈に感じた。

なんて言っていいかわからず、憂鬱な沈黙を嫌うように私が最初に「Welcome」といった。

Vol.03『所持金は31円』に続く

   


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